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サッカー

祝 オシム前日本代表監督復調  5

◆【オシムトーク】死ぬなら自宅で死にたい
  サンスポ 10/23より
  http://www.sanspo.com/soccer/news/081023/scg0810230503003-n1.htm

 昨年11月に脳梗塞で倒れた前日本代表監督イビチャ・オシム氏が来日。
 正直な想いとしては、もう一度日本代表を率いて欲しい。
 そして、サッカーを通して、日本人に対するメッセージを発して欲しい。

 今回のインタビューでは、体調がよくなればクラブを率いたいという思いがあるとのこと。
 是非とも実現して欲しい。
 そう思っているサポーターはきっと多い。

 【今後のJリーグについて聞かれての答え】

「日本だけで満足せず、欧州、南米に追いつこうと考えてほしい。ただ、そんなに大きな差もない。欧州の選手も、のどが渇いてもお湯は飲まない。水を飲む。同じ人間です」

【本日の動画】

オシム氏の快復を願うサポーターの声
−ジェフ千葉サポーター+横浜マリノスサポーター−






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日本−ウズベキスタン   5

【日本代表 1−1 ウズベキスタン代表】

さきほど終わったワールドカップ最終予選の2戦目を見て。


 大久保、玉田の俊敏性。
 中村(俊)、遠藤のテクニック。
 中沢、闘莉王の高さ。
 内田のクロス。

 同点に追いついたシーンは、中村×大久保×玉田の個性が生かされていた。
 でもそれ以外において、それらの個性が複合的に噛み合う、有効に活用されるというシーンは皆無だったように思う。

 相手があってのサッカーなので、試合中を通して自分達の特性を生かしたゲームプランで推し進めていくということはありえない。
ウズベキスタンが中村をを潰しにきて、ペナルティエリア付近でのファウルを回避する術を取ってくることは十分に予測されていた。

 その中で中村(俊)→大久保→玉田と繋がって生まれた同点ゴールは高く評価されるものだと思う。
 
 ただし、それ以外の攻撃・組み立てといったものに、チームとしての戦略・連動性を感じることは出来なかった。
 テレビで見ていてすべてのパスの行き先が予測できるものばかりだった。
 悲しいかな、そのボールがどこまでは繋げて、どこで詰まるかというところまで。

 解説のセルジオ越後氏が言っていたように、右サイドの内田へのクロスを継続させることをもっと徹底してよかったと思う。
 相手も警戒はしてくる。
 その中で、いかに有効にチャンスを作るか。
 そこでボールに絡まない選手たちのポジショニング、フリーランニングが重要になってくる。

 クロスを上げてからのヘディングでの勝負に勝ち目がないことは、戦前の予想としてあったし、私もそう思っていた。
 しかし、得点の気配を感じ取れたのは、意外にもゴール前での空中戦の中にあった。
 中澤にあたった岡崎のヘディングシュート、闘莉王の終了直前のヘディングシュート。

 一対一での勝負で抜き去ること、競り勝つことが出来れば守備組織のバランスが崩れ、ゴールの可能性を高めることが出来る。
 しかし、決して個人としての競り合いや突破に優位性を持たない日本代表においては組織としてのプレーが生命線となる。

 そして、組織としてのプレーを有効に発揮するには、意志の統一とともに相手が狙いどころと予測しているところの裏をいかにつけるかが重要になってくる。
 陰の存在と思われる選手の動きによってそういったシーンを演出することが出来る。
 いかに、味方にフリーなスペースを作り出せるか。そういったシーンが今日のゲームでは少なかった。

 相手が守備的な戦術をとってくるホームゲームでは、そこが鍵になると私は思う。
 中村(俊)のペナルティエリア付近での直接FKという場面は、相手が勝ち点3を取りにくるアウェーでの試合においてこそ作り出せるのかもしれない。

 ホームゲームで、自分達のストロングポイントを引き出すためにはより細かい戦術(犠牲となるプレー)が求められるように思う。

 今日の試合においても
・セットプレーで闘莉王や中澤が競り合ったあとのこぼれ玉を狙う
・右サイドへの相手ディフェンスの体制に隙を作るために左サイドでのタメを作り・フリーな動きを増やす
といったものがあれば、チャンスのシーンはもう少し作れたのではないだろうか。

 試合の流れの中でチャンスやピンチを予測し、流れを展開・構成していく“考える力(感性)”“技術”“経験”をもった稲本・中村憲剛のいずれかを先発で使って欲しかった。

 最終予選というものは日本代表にとって、ワールドカップに出るか出られないか、という結果によって得るものと失うものの差が最も大きい戦いである。
 オーストラリアなどの自力のあるチームに対して今日のような戦力、正直すぎる戦い方では、ホーム・アウェー関係なしに敗れる可能性は高いと思う。

・経験のある選手のチームへの組み込み
・ディフェンスにおけるセーフティーなプレーの徹底

が今日の試合を見て感じた課題である。


「頑張れ、ニッポン」
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トルシェと中田(英)  5

「トルシェ時代が日本のピーク?!」

昨日、ひさしぶりに日韓ワールドカップ(2002年)の日本−ベルギー戦をビデオで見た。
本当は一昨年のドイツワールドカップでの試合を見ようと過去のビデオを探したのだが、初戦のオーストラリア戦で気を失いかけた私はその後の試合を録画していなかった。

サッカーというのは、不確定な要素に包まれた競技であり、似たようなプレーというものはあっても、そのシチュエーション等を考えれば同じプレーというものは二つとして存在しない。

場面は次から次へと切り替わり、相手の戦術や体力が変化する中で、チームや個人が置かれた状況で最良と思える選択を瞬時に選び取っていく。

グラウンド上における11人対11人の戦い、監督やサポーターを加えた複雑な組織戦、時に1人対21人という状況にもなりうる個人としての闘い・・・。
ひとつの試合に多様な要素が含まれるから、サッカーの試合というのは後になって
「どうしてあの時その選択をしたのか?」
といったことを検証・想像できる楽しみがある。

選手のインタビュー、ビデオ映像、知人との会話などによって、たとえゴールが生まれなかった0−0という試合であっても様々な物語を編み出すことができる。

で、自国開催の初戦であり、ワールドカップにおいて日本サッカーが初めて勝ち点を得た日本−ベルギー戦。
この試合についての選手のインタビューやトルシェに対する評価、ファンの感想などをこの6年間で多く目にしてきた。

その中で多い意見・評価というのは、

・フラット3の弱点を突かれた2失点
・創造性に欠けたトルシェサッカー
・監督と選手の間に存在すべき連帯感の欠如

というものだった。
より目に見える分かりやすい視点で振り返れば、

・DF森岡にとって最初で最後となった試合
・日本の一次リーグ突破の分岐点となった鈴木隆行の執念による同点ゴール
・フラット3に疑問を抱いたDFの選手達による自主的な戦術変更につながるオフサイドトラップのミス

などがある。
全体としてネガティブな印象が強かったように思う。
最後の試合となった決勝トーナメント初戦のトルコ戦の印象が強く、監督が違っていればもっと上にいけた、選手の能力が発揮されなかった、という認識がベルギー戦にも影響を及ぼしていたのだろうか。
韓国がヒディングという名将に導かれ、ベスト4という成績を収めたことも関係していたように思う。


記事やコラムを振り返ってこの試合のポジティブな印象を探すと、鈴木の精神面の強さや稲本の中盤からの飛び出しといった個人的な能力におけるものが多かった。
私の主観が多分に含まれているとは思うけれど、そういう印象をずっと抱いていた。

ところが、である。
約4,5年ぶりに見たベルギー戦での日本に、組織としての連動性、最後まで走り続ける姿勢が試合の最後まで貫かれており、中田(英)や柳沢をはじめとした選手個々の能力が与えられた役割の中で発揮されていることに気づかされた。

驚いた・・・。

その後のジーコジャパン以降の日本代表において指摘され続けた戦う姿勢、一対一での仕掛け、組織としての連動性が存在していた。
中盤においては、中村俊輔はいなかったものの、ジーコの時代に黄金の中盤と呼ばれた選手のうちの3人、中田(英)、小野、稲本は、キープ力、運動量、パス、飛び出しといった点において、その能力が試合の中で効果的に生かされていた。

ゴールという分かりやすい結果以外の要素で大半が構成されるサッカーの試合において、個人の選手が突出して目立っていない分、フィールドの日本代表選手全員がそれぞれの仕事を状況に応じ高いクオリティで保っていた。
ポイントが一点に集中されておらず、チーム全体が一つの意識を持っているかのような動きは、ベルギーにとって非常にやりづらそうな印象だった。

点を取られた直後により前線に移動した中田のポジショニングとゴール前へ飛び出そうとする動き。
サイドにおいて、カウンターを仕掛けられる危険性がある場面で激しくチャージする小野のディフェンス。
左右に広くボールをさばきながら自陣のゴール前から相手ゴール前にまで顔を出す稲本の動き。

対するベルギー側からすれば、最も警戒していた中田がパッサーという役割に固執せずスペースを作る動きを継続されたこと、守備の弱点となると予想したであろう小野のいるサイドにおける突破が容易ではなかったことにより、自分達の意図したサッカーが出来ず、小さな綻びを生むきっかけとなっていった。
そういった流れの中で稲本の動きはより効果的に発揮された。

一つのチームにおいて中心のプレイヤーになれる選手が100%の個性を発揮してチームを牽引するというスタイルではなく、自分の個性を犠牲にしてチームのコンセプトを優先する戦い方。
そんな日本代表にジーコが率いていたときや今の岡田監督のチームにない強さを感じた。


そのような話を今日、仕事終わりに会ったある方に話した。
その方は1996年にブラジルにサッカーのコーチ留学をした経験を持ち、今もサッカーに関わる仕事をされている。

私が、ベルギー戦を見ての印象を語った私の意見に彼は同調してくれた。

・自分で判断するというサッカーは日本人には難しい
・トルシェはあえて自分から挑発し、選手達の闘争心に火をつけていた
・試合前に勝てると信じて臨むメンタルの重要性

2002年以降のトルシェサッカーに対する日本人の見方は、彼のエキセントリックな言動や傲慢な態度に対する嫌悪感が含まれていた部分が多分にあったように思う。
また、日本におけるサッカーの歴史が短く、比較対象がトルシェかジーコかという二択といってもいいくらいの幅の狭さで行われていたがゆえに、その判断が極端になっていたのではないだろうか。

これは中田(英)という選手に対する評価においても共通して言えることかもしれない。
加茂→岡田→トルシェ→ジーコと全くスタイルの違う代表チームで唯一レギュラーを守り続けた。

そんな彼と比較できる実績をもった選手はまだ日本人選手の中にいない。
傲慢な態度、エゴイストとして引退した後もときに過剰な批判意見をあびせられる中田英寿。
その評価はサッカー選手としての実績とは違った視点から発せられるものが多い。

最近も、彼が所属しているマネージメント会社が上場したことをきっかけに久しぶりにその名前が表に出ていた。
その内容は批判的な記事だった。
今年行われたチャリティマッチについても批判意見が少なくない。
それは私には見当違いとしか思えないものばかり。

私は、彼のようなサッカー選手は日本にはもう出てこないのではないかとずっと思っている。

世界という舞台で勝つことの難しさを知りながら、勝つことを心の底から信じ闘い続けた。
サッカーという一人では戦えない競技の中で、一人で海外メディア・選手・サポーターからの偏見を覆し、世界という基準を共有することが難しい日本代表というチームにおいて勝つために、準備し、全力で闘い続けた。
そして、世界への扉を開け、確かな足跡を残した。

そのような強靭な精神力を持ち、現実を認識し、準備し、壁を乗り越えて前に突き進んでいく彼のような選手は世界的に見てもなかなか見当たらない。
そんな姿と軌跡に過剰な期待を要求する一方で、強烈なバッシングやひがみの視点をもって引き摺り下ろそうとする特性をもつ日本人。

彼の成功がなければ、その後の選手の海外移籍は限られていただろう、と思う。

またトルシェという監督が日本代表に残した競争意識と闘争心を煽る強化手法とベスト16という結果がなければ、ワールドカップでの目標はいまだに「初勝利を」というものになっていたかもしれない。
選手個人の能力をアップする、試合で発揮させるという言葉の意味を、技術的な側面だけで捉え、組織力という世界のサッカー関係者が評価する日本人の特性を想像の世界でしか描けなかったのかもしれない。

【創造性とは限られたルールの中に生まれる】

そんな言葉を最近ある本で読んだけれど、世界トップクラスではないのは十分承知してるけれど、欧州の古豪ベルギーと対戦した日本代表チームに、私は日本人ならではの強さを見ることができ、秩序が保たれることによって生まれる強さと、その枠組みのギリギリのところで個が放つ意外性と創造性を美しいと感じた。

これは仕事における組織に照らし合わせても共通するものだと思った。
だから、私はオシム前監督が率いる日本代表をもっと見続けたかった。
その指導方法、選手の反応、結果を・・・。

↓トルシェと中田における記事↓
◆狼男の記録
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~tanita/gaga-text/kiloku33.html

◆トルシェ戦術の集大成
http://www.so-net.ne.jp/FW/vol_112/02page_nt3.html

◆トルシェ監督ありがとう
http://members.jcom.home.ne.jp/u33/i%20think%20020628.htm

ke2514ke2514  at 22:51コメント(0)トラックバック(0)  この記事をクリップ! 

中村俊輔の試合後のインタビュー  5

機内で俊輔学校、欧州直行せず帰国便同乗

−日本代表MF中村俊輔(30)が、1万メートル上空で移動教室を開催する。W杯予選バーレーン戦終了後の7日に、他の欧州組が直接クラブに戻る中、ただ1人国内組とともにチャーター機で帰国することが6日分かった。10時間以上の移動時間を、貴重なコミュニケーションの機会として利用する考え。後輩選手たちに、真剣勝負の場で浮上した問題点・収穫を、時間をおかずに確認させ、今後の戦いへ向けての肥やしにさせる。−

 日刊スポーツより

オシムの言葉】

「サッカーがすべて偶然だけなら、監督は必要はない。だが、サッカーは偶然について、いろいろ哲学的に考えることができる。すべての偶然も、自分たちがサポートすることによって、幸運を自分たちの方に引っ張ることができる。」

「日本人同士がもっとおしゃべりできれば、さらに進歩するのだが。ただ(私やコーチが)話すことを聞くだけでは進歩はない。彼らから話し掛けてくるのを、私は待っている。一つのベルが鳴るより、多くのベルが鳴った方が、いい音がするだろう?」
 
「勝った試合ではあるが、良かったことより悪かったことについて、より費やすことが明日のためになると思う。」

「選手たちが自分の頭で対応できるかどうかが大切だ。試合が始まってからでないと分からないことは、選手だけで解決しなければならない。」

「いずれにしろ、『今日は勝ってよかった』と言えるに値する内容であったと思う。ただし、負けないときにも学ぶものがある。サッカーとはそういうものだ。
よかったら帰りの飛行機の中で、一晩中話してもいい(笑)。」

スポーツナビより引用

中村俊輔の言葉】

「いつも先を見て、周囲を見て、空気を読んで、自分に足りないものは何かと察知して、準備しなくちゃいけないと、僕は常にそう考えている。」

著書 察知力より


バーレーン戦直後のインタビューに答える中村俊輔の表情は私が初めて目にするものだった。

大人しい印象を持たれる選手だけれど、過去の試合後のインタビューでも試合の内容に対する課題を述べることはあったし、雑誌のインタビューにおいては相手チームのプレースタイルから日本代表や彼自身のプレーに至るまで、主観と客観を持った幅広い視点からの言葉が多く、他の選手のコメントと比較するとはるかに多様性があり、深い内容のものが多かった。
サッカーに対して人生を捧げているという点で日本で一番の存在だと思う。

CLという場で戦うことの意味においては、チームとしての勝利を求めながらもイタリア、スペイン、イングランドなどのトップクラスのチームと戦える場と捉え、そこから貪欲なまでに自分に足りないものを吸収しようという姿勢が貫かれていた。
それがセルティックでプレーを続ける理由である、と彼自身も語っている。

そんな彼がわずかな時間しか用意されてない試合後のインタビューで、何かを伝えようとしてはもどかしそうにしているという様子が画面に映し出されていた。
伝えたいことが頭の中にはいくつもあるのに、それをまだ言葉に置き換えられていないこと、TVのインタビューで語るというシチュエーションの良し悪し、そして限られた時間・・・。

結果的には、終了間際に相手に与えた2失点を課題にしていかないと、というニュアンスと勝ち点3を得られたという結果について語ったのみだった。
彼の言葉をもっと聞きたいと思った、それらを語る表情とともに。

危険なシーンを招いた自陣でのミス(今日も前半にあった)など自分自身のプレーに対してのコメントが多かった今までの試合後のインタビューと違い、バーレーン戦後のインタビューにおいては、チーム全体に対して感じたことを自分が伝えていかなければ、という責任感を持ってコメントしようとする姿勢が感じ取れた。

そういった変化が日本に帰国する国内組と呼ばれる監督・選手が乗った飛行機に便乗することにつながったのかは今は分からない。
当初から予定されていた行動かもしれない。

それでも彼から伝えられるであろう指摘とわずかの時間を活用してチームとコミュニケーションを取ろうという姿勢は、今後の日本代表において間違いなくプラスになると思う。

サッカーという相手チームの存在があって成り立つスポーツは、オシムが
「試合が始まってからでないと分からないことは、選手だけで解決しなければならない。」
というように考える能力とコミュニケーション能力が強く求められる競技である。

その2点は、日本人が不得意とする能力でもある。
トルシェ監督時代には強制的ともいえる指示というものによって、その不足を補い細部にいたるまでチームのルールが徹底された。
ジーコ監督時代には、中田英寿という一人のプレーヤーがその指南役を過剰なまでに背負わされ、チームとしてのバランスを崩すことに繋がった。

中村俊輔という実績と信頼があり、中田英寿とは違うアプローチ手法をもつ存在が日本代表にどう反映されていくのか?
岡田監督はその状況をどう捉えていくのか?
日本代表というチームが今後どのように構成されていくかという意味で、その点に非常に興味がある。

実際の試合において、中村俊輔がケガなどのアクシデントにあうことがなく最終予選を乗り切れるかどうかという不安を抱く人は相当に多いと思われる。
彼のコンディション、相手の彼に対する対応によってチーム力が大きく変わるという【中村俊輔依存】という不安要素が確かに存在している。

中村俊輔が試合に出られない状況・・・。
一人のプレーヤに依存しないチームとしてのプレースタイル。
オシムはそういった状況を想定し、組織として戦うコンセプトを示し、立ち上げ時からチームを構成してきた。

オシムを尊敬し、代表に呼ばれていなかったチーム発足当初からオシムの練習の様子、コメントを雑誌やチームメイトから収集していた中村俊輔は、そのコンセプトを理解しようと努めていたし、日本代表の方向性として彼自身も同じ、もしくは近いイメージを海外での戦いの経験の中から描きだしていた。

自分に足りないものを見つけ、それを補う努力とヒントを探し続けてきた中村俊輔が、試合直後のインタビューという場においてチームとしての課題を監督や前キャプテンの宮本ように、求められていない内容にまで突っ込んで伝えようとしたこと。
その小さくない変化に私は少なからず驚いた。

それがチームを俺が率いていくという自覚からきたものなのか、現在の日本代表に感じた危機感からきたものだったなのか。
今後の彼の言動に注目を抱かせてくれる興味深いインタビューだった。

想像を超えるプレッシャーと少なくない不安があったであろう初戦。
彼の素晴らしいFKが初ゴールとなり、この試合の唯一の目的であった勝ち点3を取れたこと。
ミスからの2失点を今後の課題として活かせるのであれば、スタートとしては上々であった。

グループ1の3位になってもグループ2の3位とのプレーオフが用意され、その次の大陸間プレーオフの相手がオセアニア地区1位という今回のシステムを考えれば、ワールドカップ4大会連続出場への歩みは大きく前進した。

来年6月までの長い予選の中で、オシムも岡田監督も目指していたワールドカップ本大会で戦えるチームとなっていくために、目標を再度監督自身と選手、そして日本サッカー協会を含めたサポーターが明確にし、今までの日本代表にない軌跡を残していって欲しい。

【脳梗塞で倒れたオシムへ届いた?!サポーターのオシムコール】

千葉サポーター ゴール裏


横浜サポーター ゴール裏


【地球上のいたるところではじまったワールドカップ最終予選の結果】

<アジア>
バーレーン 2−3 日本
カタール 3−0 ウズベキスタン

サウジアラビア 1−1 イラン
UAE 1−2 北朝鮮

<オセアニア>
フィジー 2−0 バヌアツ
ニューカレドニア 1−3 ニュージーランド


<欧州>
マケドニア 1−0 スコットランド
ウェールズ 1−0 アゼルバイジャン
ポーランド 1−1 スロベニア
スロバキア 2−1 北アイルランド
モルドバ 1−2 ラトビア
アルメニア 0−2 トルコ
グルジア 1−2 アイルランド
アルバニア 0−0 スウェーデン
ウクライナ 1−0 ベラルーシ
ノルウェー 2−2 アイスランド
ハンガリー 0−0 デンマーク
イスラエル 2−2 スイス
マルタ 0−4 ポルトガル
アンドラ 0−2 イングランド
ルーマニア 0−3 リトアニア
モンテネグロ 2−2 ブルガリア
ルクセンブルク 0−3 ギリシャ
クロアチア 3−0 カザフスタン
セルビア 2−0 フェロー諸島
リヒテンシュタイン 0−6 ドイツ
ベルギー 3−2 エストニア
オーストリア 3−1 フランス
キプロス 1−2 イタリア
スペイン 1−0 ボスニア・ヘルツェゴビナ


<南米>
アルゼンチン 1−1 パラグアイ
エクアドル 3−1 ボリビア
コロンビア 0−1 ウルグアイ
ペルー 1−0 ベネズエラ


<アフリカ>
ジブチ 0−3 マラウイ
リビア 1−0 ガーナ
アルジェリア 3−2 セネガル


<北中米カリブ海>
メキシコ 3−0 ジャマイカ




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バーレーン戦前夜 〜誇りを胸に〜  5

【本日のBGM】
「翼をください」〜日本代表サポーターソング



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2006年6月12日、黄金世代、史上最強と呼ばれた日本代表カイザースラウテルンで迎えたW杯初戦で1−3の逆転負けを喫し、そのまま二敗一分の成績でドイツを去った。

前半26分に中村俊輔のゴールが決まり、それからずっとテレビの画面を見ながら友人知人とすさまじい数のメールをやり取りして歓喜・興奮していた私は、後半39分の同点ゴールで言葉を失い、そのわずか6分後のポストにあたって入ったオーストラリアの追加点に気絶しかけた。
3点目はもちろん、その後の試合の記憶は一切ない。

あれから2年。
サッカー(特に日本代表)に対する関心は確実に少しずつ失われていった。
10歳の頃からサッカーを愛していた自分にとってそのことは驚きであり、人生の大きな楽しみを失ったような気もしていた。

それでも新しくオシム氏が監督になったことで今までの代表監督にはない手腕と「日本サッカーを日本化する」という言葉に少なくない期待をもって注目していた。
また、ロナウジーニョメッシがいるFCバルセロナが来日した際には心を躍らせ観戦したし、
昨年はサポーターでもない浦和レッズの優勝決定の瞬間をひと目見たいという理由で横浜へも向かった。

今年に入っても中田英寿の【TAKE ACTION 2008】を見に出かけたりと振り返ってみればスタジアムでサッカーの試合を見る機会は以前よりも明らかに増えたのだけれど、私自身のサッカーに対する興味の対象が変化していることに自分自身で気がついていた。

自分が愛情を注げるチームがなくなり、サッカーの勝敗そのものではなく、華麗なプレーを見せる外国人選手、熱狂的なサポーター、そして突然引退し長い旅からメッセージを持って日本に立ち寄った一人の男の生き方とそこに集う人々の表情に目を向けることでサッカーとの縁を何とか繋いできた。

「ワールドカップの楽しみ方にはたぶん二通りある。自国の代表チームがいかに戦うかを追い求めていく楽しみ方。それと世界最高のものがどこにあるのか見極める楽しみ方。」

沢木耕太郎氏が著作「杯(カップ)-緑の中へ-」の中で書かれている考え方はワールドカップのみならず、世界中の至るところで愛されているサッカーの楽しみを的確に表現したものだと思う。

そう考えると私はあのオーストラリア戦以来、世界最高のものを見極める楽しみは維持することができ、その対象を欧州のトップリーグ、中でも「4点取られても5点取ればいい」という攻撃サッカーを伝統とするFCバルセロナに求めることができた。

しかし・・・、
サンシーロでの8万人を超える大音量の声援に鳥肌が立つことを覚えたり、優勝を目前にしながらカズ率いる横浜FCに破れ、確実と思われた王者の座に着くチャンスを逃し呆然と立ち尽くしながらも声援を送り続ける浦和レッズのサポーター集団に胸を打たれても、そしてロナウジーニョやデコが繰り広げるスペクタルなプレーを目の当たりにしても心の奥底で燃えきらないものがずっとあった。

サッカーはあらゆる視点から楽しめる要素を持つスポーツだが、共通して変わらない魅力は相手チームより一点でも多くゴールを奪い、勝利を掴むことにある。
しかし、日本代表の戦いにおいてゴールや勝利に我を忘れて喜ぶということもなければ、いくらテレビが「絶対に負けられない」と煽ったとしても、敗戦を受け入れてしまうという2年間だった。

ドイツワールドカップの敗戦が直接私の人生に大きな影響を与えたということはないけれど、ほぼ時を同じくして私は自分の仕事を中心とした日常にそれまで以上のプライドと情熱を強く持つようになった。

不思議なもので日常に対する取り組み、仕事における戦略・戦術を深く掘り下げれば掘り下げるほどに、それまでは強く意識しなかったサッカーに関しての監督のコメントや選手のプレーから日本人の特性を再発見したり、仕事上のヒントを得ることが多いことに気づかされた。

ブラジル人のようにサッカーがなければ生きていけないというほどの狂信的、宗教的な想いをもった関わりはなくなったけれど、世界の広さを見せてくれて、人間の強さや弱さ、そしてその時その時の日本人の国民性を教えてくれることは今も変わらない。

明日から始まるW杯三次予選。
バーレーンをはじめとする中東では、国をあげて資金を投じ、自国リーグと代表を強化してきた。
日本においては選手層においても、サッカー協会の組織としての体制も万全の状態とは言えない。
苦戦は必至で、出場を逃す可能性は高い。

それでも日本代表サポーターとして応援すると同時に、大きな期待とプレッシャーを背負いながら立ちはだかる相手、そして自分自身と戦う選手一人一人に注目してテレビに向かいたい。

自分自身の変化が最たる理由であることは分かっているけれど、ここ最近の日本代表に勝利に対して貪欲に立ち向かい、敗戦に涙をしてしまう程の心の熱を感じ取ることが出来ないことがサッカーへの関心を薄めたことと少なからず関係している。

カズやラモスの夢が叶わなかったドーハの悲劇や国立での日韓戦やUAE戦での暴動の乗り越えながら初めてのワールドカップへ出場したジョホールバルの歓喜へと続いた日本のワールドカップアジア最終予選における闘い・・・。
やはり母国の代表チームの試合には、自分がプレーするわけでもないのに客観視できないほど心を揺さぶられる熱いものを期待してしまう。

願わくばラモスや柱谷、宮本や中田英寿のように一つ一つのプレーに魂を込めながらチームを引っ張っていく新たな日本代表のリーダーが現れ、かつての日本代表や北京オリンピックでの なでしこジャパンがそうだったように、誇りをもって泥臭くとも必死に戦う選手達の姿が見たい。

浦和レッズ所属の闘莉王のシステムに囚われない飛び出しからのゴール、そして目の前の勝利、目の前のゴールにチームとして強く飢えているプレーを期待して。
 

【W杯アジア最終予選 日程(日本時間)】

<2008年>
9月7日 (日)03:30 バーレーン(マスカット)
10月15日(水)19:30 ウズベキスタン(埼玉スタジアム)
11月19日(水)未定 カタール(カタール)

<2009年>
2月11日(水)未定 豪州(日本)
3月28日(土)未定 バーレーン(日本)
6月6日 (土)未定 ウズベキスタン(ウズベキスタン)
6月10日(水)未定 カタール(日本)
6月17日(水)未定 豪州(豪州)


【ワールドカップ初出場の軌跡】


【barça!barça!barça!】


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